text&photo by kyosuke yamauchi(Minamisanriku)
 




海岸線からおよそ3kmに位置する南三陸町小森地区。漁港から伸びる国道398号線は川の流れに沿って南三陸中心部を縦断し、ここから景観は一気に山間部へと姿を変える。大津波はその大動脈に沿う形で巨大な黒波となり最終地点のこの地区が引き波の折り返し地点となった。境界線に位置している彼の自宅と店舗は正に津波のボーダーラインだった。地震が止み車で避難しようとしていた彼は、周囲の血相を変え逃げる姿に気づいた。慌てて娘を抱え取る物も取らず、必死で自宅の裏山を駆け上がった。夢中で登りきった山から見下ろす風景に言葉を失った。その後、裏山に避難したお年寄り達を連れ、山を下り山間部まで避難した。歩けないご老人達が沢山いた。毛布をロープ代わりにお年寄り達を何とか山から下ろした。母親は沖縄県出身。南三陸町で生まれ育ち、高校卒業と同時に横浜の美容室に入社。寮に入り働きながら勉強した。手荒れがひどく仕事を続けれられない程だった。真剣に悩みカット専門のお店に移った。そして結婚を期に南三陸町へ帰郷し、自分のお店を持った。震災後、崩壊は免れたものの荒れ果てた自宅と店舗を数ヶ月かけて修復した。家族を親戚の家に避難させ、無人の自宅に住み込み、瓦礫と土砂に埋もれた建物を必死で片付けた。避難生活をする人達が髪の毛を切って欲しいと来店した。店内は瓦礫だらけ、だから外で髪を切った。今思うと怒濤の日々だった。今年3月、第二子が誕生し二児の父親になった。仕事柄、子供達の髪の毛を切る機会も多い。「子供達が遊べる場所がないんです。仮設住宅に住む子も引きこもっていて、大好きな魚釣りを辞めてしまった子供もいます。子供達が楽しく安心して遊べる場所を早く作って欲しい」。現在、南三陸町にある小中高の校庭は、敷地の半分以上が仮設住宅として使用されている。被災した土地以外に新たな場所を儲けるには、手つかずの山々を削るしかないのが現状だ。だがそれは壮大な工事となる。子供達が元気に遊び回る環境を取り戻せる日は、まだまだ遠い。  






①「haircutなんくるないさ〜」を経営する髙橋幸夫さん(35)店舗前にて
②自宅の敷地内に建つ店舗。この店舗の真裏がちょうど津波が到達した最後の境界線だった
③自宅の裏山。3.11当日この山を子供を抱え必死で登り避難した
④店舗内は南国風な佇まい。子供達をカットする事も多く、親しみやすく明るい雰囲気が印象的
⑤震災後の店舗内の写真。1Fのほぼすべてが津波に飲まれているのが分かる

「haircut なんくるないさ〜」
宮城県本吉郡南三陸町志津川字小森118
営業時間:9:00-19:00(月曜定休)カットのみ
大人/¥1,500、小学生以下/¥1,200