text&photo by kyosuke yamauchi(Minamisanriku)
 




震災当時、屋上で助けを呼ぶニュースが流れた南三陸唯一の総合病院。ちょうどその真裏に、創業50年以上の歴史を繋いできた大衆食堂があった。震災前、店内は病院帰りに立ち寄る客でいつも賑わっていた。「豊楽食堂(ほうらくしょくどう)」彼の祖母のお店である。実は彼、生まれも育ちも東京は台東区。生粋の下町で育った彼は22歳の時に祖母の食堂を継ぐため南三陸町に移り住む。震災の二年前の事だ。だが勢いで料理の世界に飛び込んだ孫を祖母はせめてもの修行の旅に出す。一年間、仙台市内にある調理師専門学校に通った。その最後の授業の時に震災が起った。何とか南三陸へ辿り着き、避難所にいた祖母を親戚宅へ避難させた。卒業後、和食屋で修行を積み、後に完成した仮設商店街で祖母と共に食堂を再建する事になる。「味を絶やす訳にはいかない」東京の高校を卒業してから彼が常に抱いていた気持ちだと言う。彼を語る時、皆一様に生粋の下町で培った飛び抜けた明るさを思い出す。「ありがとうごぜーやした!」プレハブの店内からは、いつも威勢のいい声が商店街中に響き渡っている。仮設商店街として2012年2月にスタートした「南三陸さんさん商店街」には30もの被災した商店が建ち並んでいる。日が傾き客足も少なくなる夕方、敷地内を走り回る子供達の姿を目にする。ちびっ子達からヒロシ君の愛称で親しまれている彼はいつも引っ張りだこ。一緒になって遊んでくれる大人が子供達は大好きなのだ。「僕の生まれた下町では子供達がとにかく元気でした。どんな時でも明るく元気に。子供達に元気を与えるのが僕たち大人の仕事です!」何とも屈託のない笑顔で語る。南三陸には県外からの客足も多い。「来てくれるだけで嬉しいですし、いろんな方々と触れ合えるのが本当に楽しい」。現在は母親を東京に残し、祖母とふたり仮設住宅で暮らしている。趣味はバイクと食べ歩き、休日を利用し友人とツーリングに行くのが時々の楽しみだという。  






①「豊楽食堂」を経営する岩田大さん(26)店舗裏にて
②南三陸さんさん商店街内にある店舗。80歳を過ぎた祖母もまだまだ現役で店に立つ。
③店内にはカウンターの他、テーブル、小上がりもある。
④南三陸キラキラいくら丼(1,800円)自家製のイクラ醤油漬とほぐした鮭の身、名物志津川ダコがてんこもり。
⑤自分が食べたいから出しているというネギトロ丼(800円)は、ご飯もネギトロも驚く程のボリューム。

「豊楽食堂」
宮城県本吉郡南三陸町志津川字御前下59-1 南三陸さんさん商店街内
営業時間:11:00~19:00(水曜定休)
南三陸観光協会HP