text&photo by kyosuke yamauchi(Minamisanriku)
 




雪が溶け、ようやく北の港町に春を感じる季節が到来した。コートを脱ぎ捨て、潮風を体いっぱいに浴びたいほど、町は心地よい海の香りに包まれる。やがて再び長い冬を迎えるまで、南三陸町では様々なイベントが開催され一気に町が活気づく。その中でいつもひときわ明るく元気な笑顔を目にする。東京都出身の中村未來さんは、2012年10月から南三陸町観光協会の一員として、ここ被災地で働いている。震災後間もない8月、宮城県にボランティアとして関わった事をきっかけに、勤めていた建築設計事務所を退社し、彼女は被災地で働く事を決意する。「遠くにいてもできることはあるかもしれないけど、私は現地に身を置き、関わる事を選択しました」。彼女が南三陸町に関わる意志を決定づけたのは、後に上司となる女性の「町づくりにかける想い」だった。いざ身を置き始めた当初、どういう振る舞いで現地の人々と接するかに思い悩んだという。自分は同じ経験をしていない。だがすぐにその悩みは払拭されていく。「町外の人間なのに、皆さんから話しかけてくれて本当に有り難かった。すんなり受け入れて下さった事が嬉しかった」。現在、彼女が所属しているのは「復興応援隊」という国家事業の一環で、復興に向け意欲的に取り組む人材を内外から募り、一定期間地域住民の活動支援に従事するというもの。2016年で任期を終えるが、10年はこの町に携わっていたいと話す。「今はここを去るのはまだまだ先のことだと思っています。いつかこの場所で暮らす方々にとっても、町外から来て下さる方々にとっても、南三陸という町が心から安らぐ場所、居心地のいい場所になってほしい」。現在彼女の仕事は多岐に渡る。正に多忙を極めるが、心から充実していると笑顔で語ってくれた。震災をきっかけにこの町に根を下ろし、信念をもって携わってくれる若い力。変わりゆく町の再生を、様々な人々の想いと小さくても輝く意志が導いてくれる気がする。  






①南三陸町観光協会で働く中村未來さん(26) 南三陸ポータルセンター前で。
②中村さんが大好きな場所と語る南三陸町中心部高台にある上山八幡宮。この場所に夕日が差し込む風景が大好きだという。
③職場でのデスクワークも大切な仕事。プログラムの受入調整も行う。
④南三陸アーカイブ。現在までを時系列で表示、被災当時の写真も展示している。こちらも中村さんの仕事のひとつ。
⑤震災を語り継ぐ「語り部」。語り部達のスケジュール調整なども行う。

「南三陸町観光協会HP」
www.m-kankou.jp