text&photo by kyosuke yamauchi(Minamisanriku)
 




かつて人々の暮らしを支えていた「JR気仙沼線」、南三陸を挟むように内陸と気仙沼を結んでいたこの路線は、被災した沿岸部の線路が撤去され、バス専用道路として姿を変えている。山間部を走りトンネルを抜けると真っ青な太平洋が顔を出し、まるで海上を走る感覚の絶景が、南三陸の象徴そのものだった。「この駅が私のマイホームなんです」。南三陸町でアクセサリー製作を手がける及川美樹さん、彼女の父親はここ南三陸中心部にあった駅で駅長を努めていた。物心ついた頃から父親が働く姿を見て来た。高校へ通う通学時も、卒業し時折帰郷する時も、ホームを降りるとまるで我が家のように父親が迎えてくれた。南三陸で生まれ育った彼女は、仙台の大学へ進学。卒業後、友人が経営する雑貨店でアクセサリー制作に目覚める。もともと細かい作業が好きだった彼女は、作家との繋がりの中で、アクセサリー作りの面白さに惹かれて行く。その後、住み慣れた仙台から南三陸に帰郷したのは震災のおよそ二年前。3.11の震災は、何気ない日常の最中に起った。家族は全員無事だったが、今でも当時の様々な光景や人々が叫ぶ声が脳裏に焼き付いているという。被災後一年程して、何気なく乗った被災区間を結ぶJRバス、あの海の上を走る絶景の鉄道とは全く違う、国道からの景色を見て悔しくて涙が出た。「昔は田舎が嫌で、とにかく都会に出たかった。でも今はこの町が大好き。この場所以外で暮らす事は想像できないんです」。南三陸町は、震災後「復興」という一つの目標に向かい皆で手を取り進んでいる。震災を経験した事で世代を問わず様々な人々が出会い、前へ進む意欲と、生きる元気が沸いて来る。彼女もその一人。様々なイベントを企画し、積極的に表舞台に立つ。マイホームと語る駅に立つ彼女の目は、明るく生きていく「力強さ」に満ちている。  






①南三陸でアクセサリー製作を手がける及川美樹さん(34)。かつてあったJR志津川駅のホームにて。
②彼女が制作したアクセサリー。中には震災前、親戚が大切に育てた海藻が埋め込まれている。
③こちらも彼女の作品「心を動かす歯車」皆の歯車が噛み合えば大きい事も動かして行ける、そんな想いが込められている。
④子供達へのアクセサリーづくり体験も積極的に行っている。
⑤かつてのJR志津川駅舎跡地。現在は建物は撤去され、手つかずになっている。

「及川さんの作品はこちらで購入可能」
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