text&photo by kyosuke yamauchi(Minamisanriku)
 




ヒトは人の中で触発され、時に方向転換し、幸せと信じた道へ向かう。四年前の3月11日、高校の卒業式当日だった彼女にとって、それは南三陸との「縁」の始まりだった。教師を目指し都内の大学へ進学した彼女は、震災翌年ボランティアとしてこの土地を訪れた。初めて訪れた東北の小さな港町。幼稚園等を回り、子供たちとの触れ合いに徹した。数日の滞在から帰る間際、子供から「また来てね!」と声をかけられた。その言葉が忘れられなかった。東京へ戻りすぐにまた子供たちの元へ向かった。そして1年のうち9ヶ月を被災地で過ごした。翌年は独学で保育士の免許を取得。大学では中高教員の専攻を、幼児小学コースへ変更した。さらに1ヶ月に数度子供たちの元へ通った。ボランティアをしながらやり繰りし教員免許も取得。卒業するまでの4年間、一度も休学することなく卒業した。就活はしなかった。教員か復興に関わる仕事か、揺れ動く自らの心が決まるまで待った。やがて辿り着いた答えは「南三陸に行こう!」だった。この土地で保育士として働きたいと思った。ここには東京では決して味わうことができない人との繋がりがある。町を歩けば誰かが話しかけてくれる。「ちゃんとご飯たべてっかー?」互いに寄り添いながら笑顔が絶えない町。生まれも育ちも東京、そんな彼女にとって一見煩わしささえ感じる田舎ならではの交流は、豊かさと楽しさと幸せに満ちているのだという。「南三陸の魅力はやっぱり人との繋がり」彼女は即座に答える。「今できる事をめいいっぱい楽しむこと。南三陸ってこんなにいいところ。楽しくて仕方がない!ここに来ないと損しますよ〜と体いっぱいに伝えていきたい」それが今年の目標だという。自ら選択した豊かに楽しく生きる道。人生を送る上で大切なことは何か。それはグイグイと我を放り込む強さと明るさかもしれない。もうすぐ夏がくる。陽が照り付け緑が生い茂るキャンプ場にひんやりとした潮風が吹き抜けていく。我々南三陸人がすべきこと、それは新しい風を受け入れ、耳を傾け、文化を洗練させ、町を再生していくことだろう。  






①南三陸町観光協会で働く星野奈々さん(22)。現在は全国の「南三陸応縁団員」と町をつなぐ仕事に就く。
②南三陸町と石巻市の界に位置する名勝「神割崎(かみわりざき)。その昔、大クジラが打ち上げられ両村に争いが起こったため神が岬もろとも真っ二つに割ったという言い伝えがある。
③南三陸が誇る300以上ものテントスペースを要するキャンプ地「神割崎キャンプ場」。バンガローも利用できる。
④キャンプ場内には今年リニューアルオープンしたレストランも併設。カフェとしても利用できる。
⑤月に一度開催される「南三陸福興市」の運営も彼女のもうひとつの仕事だ。

南三陸応縁団公式サイト
www.minasan-ouen.com