10 カリフォルニアテーブル・ダイニング<br>総料理長 </span><br>槙 建二さん width=

徳島の要人も集うダイニングで、腕を振るうシェフが語る「料理」への想い。

カリフォルニアテーブル・ダイニング  総料理長 
槙 建二(まき けんじ)さん

目前には激しく渦を巻く鳴門海峡、背後には島田島に広がる森林と、 絶好のロケーションときめ細やかなホスピタリティに、
県内外を問わず人気の高い「ホテル リッジ」。 そんな優雅なホテルに隣接するダイニングが「カリフォルニアテーブル」です。
鳴門の幸を存分に使い、素材感を損なうことなく 丁寧に、そして優美に仕上げられる極上のフレンチがいただけるダイニング。
今回は「カリフォルニアテーブル」の総料理長を勤める槙建二さんにお話を伺い、 鳴門の素材の魅力、そして料理。お客さまに対する真摯な想いをお聞きしました。
第1章 「保守」と「革新」のはざまで
やんちゃなこともしましたが、
更正させてくれたのは、あるテレビ番組でした。

 私が生まれ育ったのは、阿南市の橘町という漁師町です。小・中学生のときは軟式テニス一色。 特に中学のときは早朝練習から夜遅くまで、とにかくテニスばっかりしてましたね。高校に入ってようやく近所の友だちとかと普通に話したり遊んだりするようになったんですが、とにかく話題といえば、オートバイ、彼女、遊びのことばかりで(笑)。
 実はそのころ、当時人気のあった「料理天国」という番組に影響を受けてフランス料理に興味を持つようになったんです。私らが育った田舎町では、そんな料理を見ることも口にすることもありませんでしたから。でもオートバイの話ばかりする友だちにはそんなこと言えませんでしたね。全く正反対過ぎて(笑)。
 それで結局高校卒業後、大阪にある「辻調理師専門学校」に行くことを決めました。「料理天国」の影響も大きかったですが、今思うと、生まれ育った場所で当たり前のように食べていた、新鮮な魚介類にも少なからず影響されていたのかもしれませんね。

第2章 「うず芋」誕生物語
いろんな場所で、いろんなことを、いろんな形で教えていただきました。。

 「辻調理師専門学校」を卒業後、神戸や大阪のホテル・レストランで修行をさせてもらいました。働いたのは3軒くらいですかね。実は私、喘息の持病がありまして。1年目は何ともなかったんですが、2年3年と仕事をしているうちに、発作が出るようになったんです。病院の先生に聞くと「こっちは空気も良くないから、できれば徳島に帰った方がいいんじゃないか」と言われたんです。なので本当はもう少し勉強したかったんですが、徳島に帰ることにしました。
 最初は地元阿南の「ロイヤルガーデンホテル」さんでお世話になりました。そこで初めて和食を勉強させていただいたんですが、人数が足りていないこともあって、本当は10年くらいやらないと教われないことを1年くらいの間で濃密に教えてもらいました。その後徳島市内の「阿波観光ホテル」さんが改装オープンするタイミングでお話をいただき移らせてもらいました。そこでは3年ほど宴会場の担当だったんですが、チャンスをいただき上階のレストランに入らせてもらえることに。そのときのチーフシェフがホテルオークラのレストランでNo2だった方だったので、いい経験になりましたね。
 「ふじやグループ」さんにもお世話になりました。特に沖浜にあった「土古土古」さんでは、当時の店長がグループでもトップクラスのマネジメントをされる方でして。社長から「君は数字ができないから教えてもらいなさい」と言っていただき、そのときの経験は今でも役に立っていますね。そしてその後2軒ほど店を変わり「徳島県建設センター」料飲部の料理長を経験させてもらった後、「カリフォルニアテーブル」の立ち上げ時に声をかけてもらいました。
 思えばかなり多くのお店やホテルで、あらゆることを経験しました。いろんな人に助けられ、教えてもらったからこそ、今の自分があると言ってもいいでしょう。そういう意味ですごく幸せですね。

第3章 徳島が誇る豊かな食材
魚、野菜、肉…本当に徳島は食材に恵まれている土地です。その良さを多くの人に知っていただきたい。

 徳島は本当に食材に恵まれている土地です。お魚も野菜もお肉も、何でもおいしい。阿南の漁師町で育ち、毎日新鮮なお魚を食べていた私が、こうやってまた海の幸豊かな鳴門で働けているというのは、運命的なものかもしれません。特に鳴門海峡の鯛は、全国に誇ることができる質だと思うので、そんな食材を扱えるというのは料理人として本当に嬉しいことですね。
 魚の扱いには少々自信があります。こう、持った感じとか触った感じだけで、どんな味になっていくのが想像できます。脂の乗り方とか、身の締まりや厚みの違いで、少しずつ調理法を変えたり、味付けを変化させるようにしています。あとは天然物と養殖物では仕上がり後の味に違いが出るので、そこも調理法や時間を少しずつ変えることで、同じ味が出せるような工夫もしていますね。
 味付けは、基本的にシンプルであることを心がけています。素材そのものの味が良いですから。その味を活かしながらもメリハリのある味付けができたらいいですね。そして味付けはもちろんですが、素材の素晴らしさをより引き立たせるための盛りつけも重要です。
 とにかくこの豊かな恵みを、県内外のいろんな人に知っていただきたい。そう願っています。

第4章 楽しく仕事に取り組むということ
料理は、心。楽しく豊かな気持ちで取り組まないと良い料理はできないと思っています。

 先にも言いましたように、私は数多くのお店で貴重な経験をさせていただきました。そして数多くの方に助けられてきました。もちろんそれは今も同じです。分からないことは先輩・後輩問わず、誰にでも聞きますね。「これどんな味付けしよん?」とか(笑)。貪欲と言えば貪欲なのかもしれませんが、おいしいものはみんなで分かち合いたいというか、共有したいというのが私の考え方です。
 だから今のレストランでも、新しい料理を作ったら、分量、時間、工程、素材などを全てレシピとして起こすんです。そしてそれを厨房のみんなで共有する。みんなには「珍しい」って言われますけどね。さっきも言った「おいしいものは共有したい」という気持ちもありますが、自分のノウハウを提供することで、今ここにいるみんなが、いつか他のレストランで働くようになったとき、それを活かしてくれたら嬉しいという気持ちもあります。行った先で「こいつはなかなかやりよるなあ」って言われたら、私も嬉しいですしね。
 とはいえ、仕事中はかなり厳しくやります。みんなもそう思ってるんじゃないかな?
 それでも萎縮はしない程度です。のびのびと、厳しくという感じでしょうか。イヤイヤやってもいいものはできないですから。メリハリを付けながら仕事に取り組むことが大切ですね。

第5章 自分の店を持つという夢に向かって

いつかは自分の店を持ってみたい。リスクもあるだろうけど、心残りのまま終わってしまうのはやっぱりどうかな、と思っています。

 料理人である以上、やはり最終的には自分の店を持ってみたいという夢はあります。実は今、自分の家を建てているんですけど、もしかしたら店と兼用にするかもという気持ちがあって、間取りを工夫しているところです。嫁さんには「あんた何考えとん」と怒られていますが(笑)。通り土間のようなものを作って、右に上がると和室、左に上がると洋室みたいなイメージです。
 私がよく行く、香川県の「ル・シェノン」というお店があるんですが、完全予約制で一日二組くらいしかお客さんを入れないんです。私も自分でするならそういったスタイルにしたいです。ゆっくりと時間と手間をかけて、最高の料理とおもてなしをする。そんな感じに憧れます。
 私の実家は阿南で宝石と眼鏡の店を営んでいて、兄貴も小松島で宝石の店をしていますし、弟も藍住で眼鏡の店をしてるんです。私が自分のお店を持ちたいと思うのも、そういった環境が影響しているのかもしれません。自分でやれば、悪いことも多いんだろうけど、成功したときの達成感はすごいんだろうと思いますし。やはり心残りはしたくないですよね。

第6章 カリフォルニアテーブル総料理長としての想い
シンプルですがお客さまから「おいしい!」と喜んでもらいたい。今はそのために全てを注ぎます。

 今は料理分門の全てを任されていますから、メニューの作成、材料の仕入れ、注文、原価計算、スタッフの取り仕切り、味見、盛りつけの指導などが主な仕事になります。そしてこれからは、こういったことも後輩に教えていかないといけないなと感じていますね。
 さらに私自身も勉強していかなくてはいけないと思っています。今取り組んでいるのは、ワインの勉強。レストランのソムリエの子に話を聞きながら、ワインの奥深さを学んでいます。元々飲むのは好きだったんですが、こうやって勉強してみると知らないことが多過ぎて(笑)。いろんなワインの味を知ったり、ストーリーを知ったりすることで、自分自身の料理の幅も広がっていくと信じています。
 最高の鳴門の食材、そしてレストランのロケーションの素晴らしさ。ぜひ多くの皆さんに味わっていただきたいです。そして何より、お客さまから笑顔で「おいしかった!」と言っていただきたい。今はそのために全力を尽くしていきます。